王国に潜入すること自体は難しくはなかった。帝国に入ってくるルートがあるのなら、逆に王国に入るルートも想像がついた。  王国はどうやら地方によってかなり差があるようで、国境付近と王都では雰囲気がかなり違った。  王都は表向きは綺麗だった。何かと規律が厳しいようで、それに合わせられる者は問題なく生活できるようだ。だが国境付近など辺境には、国の規律には合わない者が多く住んでいた。王都と違って生活が厳しい者が多く、不満も多かった。  軽く見ただけだが、色々な意味で極端だった。少しは話に聞いていたが、確かに住みやすい人と住みにくい人と差があるようだ。 「なんだか面倒臭そうな国だなあ。俺は住みたくねえな」  ガイヴェルが正直に感想を述べる。国民の趣味や嗜好にまでけちを付ける厳しい国には俺も住みたくはない。 「思っていてもあまり大きな声で言うな。みんなその規律に合わせて住んでるんだ」 「ふん。しかし人はそれなりに多い割に賑わってる感じがしないな。王都中がオフィス街みたいだぞ」  言われてみると確かにそんな感じがするな。大人も子供もせかせかしていて、活気がないというか、重苦しいというか。 「帝都だったら町中に露店もいっぱいあるだろ。ここじゃそんなの見当たりゃしねえ」 「そうだな。それはちょっと寂しい」  俺はそうでもないが、父は露店を見て回るのが好きだったな。ガイヴェルもそれにつきあったりしたのだろうか。 「とにかく、こんなところにいても仕方ない。早く王宮に潜入するぞ」 「へいへい」  王宮の警備はそれなりに厳しく、普通に入ることはできなかった。まあ、当たり前だ。それで、単純に魔術で認識妨害のフィルターをかけて潜り込もうとしたのが間違いだった。  警報が鳴り響く。ばたばたと足音がして、警備の兵士が集まってきた。 「おい、どうしてばれた?」 「見落としてた。魔力探知だ。認識妨害で俺達自身は見つからなかったが、認識妨害の魔術そのものがひっかかったんだ」  そういえば魔術はあまり発達していなくても、魔力の扱いはかなりの技術力だったんだな。こんな単純なミスをしてしまうとは。 「逃げ道はないか……」  足音はあらゆる方向から聞こえる。どうすればいい? 「蹴散らすしかねえだろ!」  ガイヴェルが獣人形態へと姿を変える。仕方なくガイヴェルと背中合わせで構える。  一応色々と武器は用意してきたが、自分の魔力を含めて早々に使い切るわけにはいかない。消耗を抑えるにはどうすればいい? 「来るぞ、アシュレム!」  兵士がすぐ近くまで来ている。数が多いから仕方ない。フォースバッテリーを握りしめ、呪文を唱える。 「ガイヴェル、目を閉じろ!」 「わかった!」 「flash, the stunner!」  叫んだ直後、閃光が辺りを包む。閃光をまともに見てしまった兵士達が、ばたばたと倒れていく。それで大半は気絶したが、まだ何人かは残っている。それをガイヴェルが打ち倒していく。 「よし、とっとと行くぞ。どっちだ?」 「わからない。とりあえず奥だ」  勘を頼りに正面の入り口と反対の方向へ向かっていく。途中、襲ってくる兵士は主にガイヴェルが相手をした。 「おい、いくら倒してもキリがねえぞ!」 「仕方ないだろう。次はこの部屋だ!」  飾り立てられた扉の前の兵士を打ち倒し、中に入る。  そこには玉座と思われる豪華な椅子があって、男が座っていた。国王なのだろうか。しかしその姿には見覚えがあった。 「侵入者か。この王に何の用だ」  しかしその表情や物言いは記憶の中の彼とはかけ離れていて、同一人物だとは思えない。 「お前……ブラッツ……とか言ったよな?」 「何を言っているのだ? 私にそんな名前はない」  そうは言ってもその男の声はやはり聞き覚えがあり、俺を混乱させる。 「私は王だ。王に名前など必要ない。ブライ・トール・ツェップス・アースガルドという人間はもういない。ここにいるのは王。ただそれだけだ」  ブライ、というのがこの男の本来の名前だったと言うことか? ツェップス・アースガルドと言うのはここの王族の名前だったか。 「ブラッツと名乗った人間はもういない。私は王であり、それ以外の名はない」  言い回しが大げさでわかりにくいが、王になったらもう以前の名前は必要ない、ということだろうか。それとも…… 「む、貴様は知っているぞ。カイルザード。私の敵だ」  そいつはブラッツと同じ姿、同じ声で、俺を敵と呼んだ。そして左手を前に突き出すと、俺の身体が吹き飛ばされた。 「アシュレム!」  ガイヴェルが俺に駆け寄ろうとするが、俺と同じように吹き飛ばされてしまう。この感じは、クラフトクンストか。かなりの使い手だと思われる。あの時見たブラッツよりも強い。それにブラッツの場合はエネルギーが光として見えていたが、この衝撃波は全く見えない。  とにかく戦うしかないようだ。俺はポケットから術符の束を出し、適当なものを何枚か飛ばす。 「ふむ」  しかし王が手を突き出すと、それぞれが相手に届く前に炸裂してしまった。魔力を放って反応させたのか。 「くそっ、当たらなきゃいいんだろ!」  ガイヴェルが身体能力を生かし、背後に回り込む。そのまま王が振り向く前に襲いかかる。同時に俺も正面から術符をばらまく。 「当たらなければ、な」  再び衝撃波。術符が空中で炸裂し、俺の身体が吹き飛ばされる。同時にガイヴェルも衝撃波に足止めされていた。 「ぐうっ……後もかよ」  準備動作なども必要なく、見えない衝撃波を後方にも平気で放ってくる。そんなものにどうやって対処すればいいんだ? 魔術を準備する時間もないし。  ガイヴェルが逃げ回りながらこちらに近付いて来た。小声で俺に指示をする。 「五秒でいい。時間を稼げ」 「わかった。なんとかしてみる」  ガイヴェルがどうするのかはわからないが、とりあえず簡単な呪文で障壁を張る。そこに放たれた衝撃波は障壁に阻まれ、消える。しかしごっそりと魔力を削られた感じがある。 「長くはもたないぞ!」  ちらりと隣を見ると、人間形態に姿を変えたガイヴェルは、体中に高速で紋様を描いていった。化粧魔術か。 「これでどうだ!」  紋様が光り輝く。あれは魔力抵抗のコーティングか。魔術が発動してから、再び獣人形態戻る。  ガイヴェルが突進するのと、俺の張った障壁が破られたのはほぼ同時だった。俺の身体は吹き飛ばされ、ガイヴェルは一気に間合いを詰める。 「ふむ」  王はかざしていた手を下ろし、突進をひらりと避ける。衝撃波を放っていないところを見ると、確かに魔術の効果はあるようだ。しかしガイヴェルの攻撃は全て避けられてしまう。 「てめえ、避けるんじゃねえ!」 「そうか。ならばそうしよう」  王は突進してくるガイヴェルに正面に向き直り、左手をかざす。そして、直後に爆発音。  その一瞬で勝負はついていた。ガイヴェルの腹部に、掌打が叩き込まれていた。あの爆発は、推進力を得るためのものだったようだ。 「次は貴様だ」  王が俺を次の獲物として認識する。どうすればいいんだ? そうか。ガイヴェルの化粧魔術は効果があった。それなら。  俺は腰に提げた拳銃を構え、安全装置を外す。弾丸は六発だ。王に狙いを定め、引き金を引く。 「そんなものか」  王が手をかざすと、放たれた弾丸は軌道を大きくそらし、壁に突き刺さる。それでも気にせず、二発目、三発目を撃つ。 「ふん」  四発目、五発目が壁を穿つ。最後の一発を、狙いを定めて放つ。 「無駄だと……むう?」  最後の一発は軌道を変えず、そのままかざした左手に突き刺さる。  魔力抵抗の大きな素材、というものはある。しかしこの弾丸に使った合金は、魔力をほぼ遮断してしまうほどの大きな魔力抵抗だ。こんなに効果があるとは思わなかったし、この合金は貴重なので、一発しか持ってこなかったのは失敗だった。 「この程度で……私が倒せると思うのか!」  王は負傷した左手を突き出す。先程までと違い、光り輝く衝撃波が放たれた。視認できても、避けるのは難しいが。 「むう、精度が落ちているな……」  負傷したうえ、異物が身体の中に入ったままだ。なのでクラフトクンストの制御力が落ちているようだ。衝撃波が見えるのはそのせいだろう。しかし見えるようになったところで、状況は好転していない。ガイヴェルが再び起きあがるが、これ以上戦えるようには見えない。近付いてきて、小声で話しかけてくる 「おい、魔力は残ってるか?」 「フォースバッテリーならまだいくつか」  俺自身の魔力は障壁を張ったときに大幅に減ってしまったが、いざというときのための予備として残している。 「よし。俺が時間を稼ぐ。お前はそれを使って……逃げろ」 「俺一人で? お前はどうする」 「ぶっ倒す。俺の残りの魔力と生命力、全部ぶちこんでやる」 「なっ……」  それはつまり…… 「もし親父殿が戻ってきたら、俺が頑張ったこと、ちゃんと言っておいてくれよ」 「駄目だ! お前も一緒に……」  そこに、二人を分かつように衝撃波が放たれる。ガイヴェルは敵へと向かっていき……  それを遮るように、斧が飛んできてガイヴェルの目の前を通り、王の立っているすぐ後の壁に突き刺さる。 「誰だ」  王の問いには何も答えず、代わりにもう一つ斧が飛んでくる。それに対処をしようと手をかざす。  しかしいつの間にか、その手には手錠がはめてあった。帝国の警備兵がよく使う、魔力集中を妨害するものだ。 「むう、これは……」 「俺の勝ちだ。死人は引っ込んでろ」  入ってきた人影が王を昏倒させる。それから立ちつくすガイヴェルの元へ歩み寄り、脳天に拳骨を落とした。 「いてえ、よ。親父殿……」 「簡単に命を落とそうとするな。そんなことしたら許さねえぞ」 「はいい、すみませんでした……」 「よしよし。良い子だ」  ガイヴェルは父の胸に顔を埋め、声を上げて泣いた。出会った頃と大分変わったなあ。そしてそこは俺のポジションなのになあ。こっちは三年ぶりの再会なのにー。これは……俺の分が後回しにされる予感。 「感動の再会は後だ。先に後片付けするぞ」  ああ、やっぱり……  国王を打ち負かし、捕らえたことで、王国軍の多くは降伏した。一部のお偉いさんはゴネたようだが、そんなものはどうということはなかった。父が王宮で勝利を宣言し、それで戦争は終わった。これから王国は、帝国に吸収されることになるだろう。  そういうゴタゴタが終わってから、行方不明の真相を問いただした。  どうやら原因はやはり王国の新兵器にあったようだ。それを止めるため、皇帝の身体に仕込まれている緊急用の時間凍結を発動させたらしい。ところがこの時間凍結、なかなか厄介なもので。時間操作などは普通は扱えないものなので、それを仕込んだファーヴンス家の者にしか解除できないのだ。  まあ、ファーヴンス家の者はすぐに来たようだが、そこからが大変だったようだ。父からすれば解除されるまでのことは知らないから、かなりぐちぐちと言われたらしい。  時間凍結させたまま、発動させた原因の新兵器をまず取り除くのが手間で、その間に捜しに来た帝国兵が凍結に巻き込まれたり。そんなこんなで時間がかかり、解除された頃にはすっかり行方不明扱い。これ幸いとそのままこっそりと王都に忍び込んだらしい。  全く。無事かどうかぐらいは教えて欲しかったなあ。無茶してこんなところに来る必要はなかったんだ。あまり役に立たなかったし。  あと、ゴタゴタのせいで再会からゆっくり話せる時間が取れず、話したいこともどうでも良くなってしまった。  まあ、俺もガイヴェルも、父も無事だったからいいか。