再び雑務をこなす日々が続く。  演説の評判は悪くなかったようだ。俺を帝位継承者として支持してくれている……と思いたい。このまま父の不在を隠したまま、帝都で過ごす日々が続くのだろうか。今、父の代わりに前線に立つ勇気はない。  部屋の外から話し声が聞こえる。 「親父殿は?」 「残念ながら、現在帝都にはいらっしゃいません」 「どこにいる?」 「それは私からは教えられません」  声の主の一人はラムゼイスだ。もう一人は……こっちも聞き覚えのある声だな。 「帝都にもいない、前線でも姿を見ない。それなら今どこにいるんだ?」 「私には聞かされていませんね。隠密に行動されているのでしょう」  ラムゼイスはあくまでもしらを切るつもりらしいが、相手はそう簡単に引き下がるつもりはないようだ。 「お前じゃ話にならねえな。アシュレムを出せ。いるんだろ?」  これはこれ以上ごまかそうとしても無駄だろう。俺が話をしよう。  部屋のドアを開けると、そこにはラムゼイスに詰め寄るガイヴェルがいた。そこに声をかける。 「俺に用があるなら話を聞こう」 「ああ、出てきちゃ駄目ですよ、殿下」 「アシュレム……久しぶり、だな」  やはり、ガイヴェルはマーシュと名乗っていた俺の正体に気付いていたのだろう。久しぶりの再会だが、その表情に笑顔はない。 「ガイヴェル……話は父のことか?」 「まあ、そうだな。もう一つ気になることもあるが」 「もう一つ?」 「噂程度の話だが、無視はできないんでな」  ふむ。何だかわからないが、聞いておくべきだろう。 「まあいい。とりあえず入れ」  部屋に戻り、ガイヴェルを座らせる。追い返すのを諦めたラムゼイスが二人分のコーヒーを用意する。 「すみませんが来客用カップが一つしかないので、どちらかは陛下のカップでよろしいで……」 「俺は親父殿のカップでいい」  ラムゼイスの言葉を遮ってガイヴェルが父のカップを受け取る。反応が早かったな。  ガイヴェルが満足そうにコーヒーを一口飲んだのを見てから、話を切り出す。 「まずは父のことか。お前が最後に見たのはいつだ?」 「そうだな……一月は前になるかな。帝都から前線に戻ってきたときに会った。半月ほど前にも会いに行ったんだが、その時は姿が見えなかったな」  ふむ。半月前ぐらいまでは連絡が取れたんだったか。ガイヴェルが会いに行ったのはその後かも知れない。 「こっちには戻ってきてねえのか?」 「残念ながら、俺が帝都に帰ってきた一ヶ月前から、一度も姿を見かけていない。最後の演説以降は帝都に戻っていないと思う」  俺も会って旅の話ぐらいはしたいのだが。まるまる三年は会っていないのは寂しい。 「じゃあどこにいるんだよ?」 「残念ながら、それがわからない。探しに行った者からも連絡がないらしい。早い話が、行方不明だ」 「何だって?」 「相手にやられて捕まったり……殺されたりしている可能性は低いと思う。もっと何か、特殊な状況かも知れない」  その特殊な状況、というのが厄介だ。魔力が通りにくい場所だったりすれば、連絡や探査の効果がないのも納得だが。 「アシュレム、お前は何でそんなに落ち着いていられるんだよ?」 「慌ててどうにかなるわけじゃないだろう」 「そういうことじゃない! どうして自分で探しに行こうとしない? 親父殿が行方不明なんだ。心配じゃないのか?」  ガイヴェルの言うこともわかる。俺だって心配しないわけがない。 「探しに行って、俺まで行方不明になったらどうする? 父が無事に帰ってくるまで、王国からこの国を守らなければならない」 「俺にとっちゃ帝国より親父殿の方が大事だ。探しに行ってくる。飛龍を貸せ」  ガイヴェルがそこまで父に惚れ込んでいたとは驚きだ。だがその行動を許すわけにはいかない。 「待て。探しに行った者は戻ってきてないんだ。お前にいなくなられるのは困る」 「俺がいなくたって大して困りゃしねえよ。中隊にはヴィクターがいりゃ充分だろ」 「話を聞いてくれ。先にこの面倒な戦争を終わらせれば、捜索にもっと手間をかけられる。一人で探すより、その方が早く見つかると思わないか?」  父が帰ってこない可能性だってある。その場合も、そのことが発覚するよりも先に戦争を終わらせないと軍全体の士気に影響する。そのことまではガイヴェルには言わないが。 「そんなに早く戦争を終わらせる自信があるのか?」 「簡単だ。トップを倒して奪い取ればいい。国を丸ごと」 「正気ですか?」 「……馬鹿なのか?」  俺の言葉に、二人ともあきれている。まあ、そうだろうなあ。 「そうだな。だが正直、俺も限界だ。父に会いたい。じゃあどうすればいい? 元凶を潰せばいい。単純だ」 「勝算はあるのか?」 「そこでお前の力が必要だ。お前なら、トイソルジャーとクラフトクンストには対抗できる。力を貸してくれ」  魔力をエネルギーに変換して戦うクラフトクンストの使い手と戦っているのは見たし、前線でトイソルジャーと戦っているのは聞いている。 「確かに、俺なら王国の軍人と戦えるかも知れない。だが、お前は重要なことを見落としてるぞ」 「何だ?」 「俺は方向音痴だぞ。目的地にたどり着くのに何年かかると思う?」  ……そうだった。 「仕方ない。俺がついて行く」 「大丈夫なのか?」 「大丈夫じゃあないが、父だったら行くだろうな。そう考えれば、これは俺の仕事でもあるわけだ」 「確かに……陛下もそれは考えてましたね。新兵器の噂がなければ行ってたかも知れませんね」  そうなのか……ん、新兵器? 「新兵器って何のことだ?」 「ああ、俺もその噂のことも話に来たんだ。そうか、親父殿が聞いてきた噂なんだから、お前も聞いてるんだな」  ガイヴェルも知っているようだが、噂止まりの話なのか? 「殿下には伝えてませんでしたね。今回の戦争では、王国の新兵器が投入されるという噂があったんですよ。その実験のために今回の戦争を仕掛けた、なんていう話も」  新兵器の実験……ううむ。 「なのに噂が立ってから、一向にその気配がないんだよ。今回はこっちが結構向こうの主力を足止めしてるから、戦況を変えるためにも使ってきそうなんだが」  確かに。前回あたりの戦争から、帝国軍はトイソルジャーに充分対抗できている。このまま続けても、王国にとってはあまり良い状態になるとは思えない。新兵器があるならすぐにでも投入してきそうなものだ。 「むむ。何もわからないと対処に困るな。やはり使われる前に上を潰してしまった方が安心かも知れないな」 「では、お二人で王国へ?」 「ああ。留守を頼む」 「無事で戻ってきて下さいね」 「待て待て。俺は行くなんて言ってないぞ」  話がまとまりかけたところで、ガイヴェルから抗議の声。こういう時の対処方法は…… 「父が戻ってきたら、お前の頑張りを俺からも報告してやるから。頑張ればなでなでしてもらえるぞ」 「よし。行こう。さっさと行こう」  おお、こんなに効果があるとは。さあ、準備して出掛けよう。