いつの間にか、俺はこんなところにいた。協会にいた頃は、自分が期待されて上に立つなんて思いもしなかった。  今この国、ガーライル帝国は戦争中で、俺は前線で敵を食い止める役目の部隊を率いている。一応中隊長なんて呼ばれてるが、今はまだ助けられてばかりだ。  敵国である神聖アースガルド王国の軍には厄介な兵器がある。それは魔力駆動の巨大な人型で、帝国軍ではトイソルジャーなんて呼ばれてる。デカいだけあってなかなかに強力だ。俺が率いるのはそれに対抗するための部隊だ。  俺みたいな身体能力の高い獣人種や、魔術に長けた者など個々の力を生かして、トイソルジャーを引きつける。その間に攻撃するのは主に別の部隊だ。魔力抵抗の高い素材でコーティングされているので、直接の魔術が効きにくい。装甲も硬いトイソルジャーには、もちろん肉弾戦で敵わない。手間のかかる大規模な魔術で対抗するしかない。  俺達の役割は囮だ。でも親父殿からは全員生きて帰れと言われているので、なかなか大変だ。  親父殿……ガルヴェイス陛下は一応俺の中隊も所属する、皇帝直属大隊の隊長ではあるのだが、前線に来てからはなかなか会う機会がなくて残念だ。まあ、親父殿は帝都と前線と行ったり来たりで忙しいから仕方ないんだが。  そんなことを考えていると、親父殿に会いたくなってしまう。この感情が何なのか、自分でもよくわからない。恋、というよりはただの憧れかも知れない。それとも父親のようなものを求めてるだけなのか。  シガーを取り出し、火を点ける。吸い込むと、親父殿の体臭が気分を落ち着かせる。最初にこのアロマ・シガーを知らずに買ったときはすぐに処分してしまったのに、いつの間にか常に持ち歩くようになっていた。  何となく、初めて親父殿に会ったときのことを思い出す。いや、その前に一度セックスだけはしてるんだったか。  そもそも親父殿に会うことになった理由は、俺が協会……魔導協会にいた頃の命令だった。  かつて協会はそれなりの力を持っていたらしい。だからこそ小さいが一国を支配できたのだが、それ以降力は衰えるばかり。かつての力を取り戻すため、帝国を乗っ取る計画が持ち上がったらしい。  最初はなんとか皇帝の隠し子を作ろうと、ハッテン場で親父殿の相手をして、こっそり精子を採取する計画を立てたらしい。しかしそもそも工作員が親父殿に相手にされず断念。  その後も様々な計画が持ち上がっては消えていった。そんな中で協会が目を付けたのが俺だった。  あの国では、魔導技術者や研究者が力を握っていて、更に厄介なことに協会は選民意識が強く、獣人種は差別されていた。  俺の家は貧乏だった。ろくに学校に行けないため魔導技術も知識もなくて、その上獣人種だ。どこにいても立場が弱かった。子供の頃から生活は厳しくて、母親は無理をして早くに死んでしまった。  俺は生きるために働いた。差別はあっても獣人種は力仕事ができた。いや、それしかできなかったのか。働いて、安い賃金で食いつないでいくだけの人生。それはひどくつまらなくて、希望なんてなかった。全てがどうでも良くて、ただ生きていた。  そんな俺が目を付けられたのは単純な理由だった。俺は丁度良く銀髪緋眼。皇帝の一族とよく似た身体的特徴を持っていた。実際には関係などないのだろうが、俺に淡い期待がかかった。  断ることはできなかった。ある程度の訓練を経て、帝国に送り込まれる予定だった。しかし全く学のない俺の教育に手間取り、実行に移す頃には計画そのものが期待されなくなっていた。  俺自身、乗り気ではなかった。帝国がどういう国かはよく知らなかったが、大嫌いな協会に支配され続けることが良いことだとは思えなかった。しかし断ることはできなかったので、なるべく引き延ばした。国境付近で時々帝国に入ったりしながら、少しずつ勉強、訓練を重ねた。  そうして少しだが帝国のことを知ると、尚更協会のために働くのがバカバカしくなった。俺にとっては、どう考えても帝国の方が過ごしやすいだろう。このまま帝国に逃げようか、なんて考えたりもした。  しかし帝国にも協会の工作員はいて、逃げることはできなかった。方向音痴だと言う理由がいつまでも通じるわけがなく、仕方なく道行く男に尋ねた。  それがブラッツであり、後から来たマーシュだった。二人は俺に色々教えてくれた。故郷じゃ俺みたいなのに優しくしてくれる奴はいなかったのに。  そんな二人に、精神支配をかけられていたとはいえ、俺はとんでもないことをしてしまった。  その後、マーシュには再会することができたが、ブラッツの方はどうやら帝国の人間ではないようで、会う機会はなかなか訪れない。再会したマーシュの勧めで、結局帝都に行くことになった。言われた通りに手続きをして、言われた通りに話をした。  俺みたいな怪しい男は、すぐに追い出されるだろうと思っていた。しかし親父殿は俺を気に入ってくれて、利用価値を示してくれた。その時、親父殿とセックスまでした。抱かれる方は初めてだった。気持ち良かったが、それよりも優しく抱き締めてくれたことが今でも強く印象に残っている。  その後、自分がどうしたいのかわからなくて、マーシュの元へもなかなか戻れなかった。そこに、あの工作員がまたやってきた。工作員の情報からすると、マーシュは皇帝の一人息子、帝位継承権を持つアシュレムである可能性があった。それを頭に思い浮かべたところで、またあの精神支配が俺の身体を支配した。  そこにマーシュがやってきてしまって、俺の身体は勝手に襲いかかる。マーシュを傷つけたくなくて、必死で抵抗した。何が起きたのかその時はわからなかった。ただ、もう支配は解けていて、マーシュは無事だった。俺は逃げる工作員をすぐに捕まえて、親父殿の元へ連れて行った。 「お、戻ってきたか」 「陛下の予想通りでしたね。そちらの荷物、回収します」  二人は何もかもわかっているような感じで、俺が戻ってきても何も驚かなかった。ラムゼイスは俺が捕まえた工作員を連れてどこかへ行ってしまった。 「知って、たのか?」 「知ってたわけじゃあないが、いくつか想定してたパターンの一つではあったな。今の協会にできるのはこんなところだろうなあ、と」  つまり、そもそも帝国乗っ取り計画なんて、成功するわけがなかったのか。 「いやあ、お前を信じて良かったぜ。賭けだったんだ。精神支配が解けるかは」  あの精神支配はどうなったのか、俺にはよくわからない。 「あの時、お前の中にまだ精神支配が残ってるのはわかってた。ただ、それは眠ってる状態で、そのままでは解除が難しかったんだ」  マーシュに再開するまで俺が普通に過ごせていたのは、支配の力が眠っていただけだったのか。 「で、それを消すためには支配の力が再び目覚めたときが一番いい。だから魔術プログラムを送り込んでおいた。お前が支配に強く抵抗すれば発動するように」  支配に抵抗、か。確かに、あの時はマーシュを傷つけたくなくて抵抗したな。つまり、俺がちゃんと抵抗してくれると信じてくれた、ということか。 「その魔術プログラムって、どうやって送り込んだんだ? それらしいことをされた覚えがないが」  親父殿がそれらしい魔術などを使っていた印象はない。ラムゼイスもだ。 「何を言ってる。あんなに派手に感じてただろ。忘れてないよな?」  ……それって、もしかして。 「魔術プログラムはザーメンに載せてケツから送り込むのが一番いいんだ。しかもその名目でラムゼイスに邪魔されずにお前を可愛がれるというすばらしい方法だぞ」  うはあ。あの時のラムゼイスの態度はそう言うことだったのか。大した文句も言わず終わるまで見てたのは。 「次はそんな理由がなくても可愛がってやるからな。心配しなくていいぞ」 「だ、誰がそんな……」 「遠慮するな。ほら、こっちに来い」  断ろうとしたが、身体は自然と親父殿の側へ。優しく抱き締められると、とても心地良くて、自分がこれを求めてることを実感する。 「このまま続けたいが、今はそんな時間もなくてなあ。また今度な」  名残惜しいが、帝都にいればいくらでも機会はあるだろう。今は我慢だ。  マーシュに報告すると、次の日マーシュはまた旅立っていった。  俺は約束通り、帝国軍の宿舎に入ることになった。幹部候補とか言ってたのは確かなようで、良い部屋だ。  初日から訓練も始まった。俺を鍛えてくれたのはアレストル・ファーヴンスという男だった。やたらと身体がデカく、俺の獣人形態より背が高い。横幅もあるので、なんだか全体的に一回り大きくしたような体格だ。  アレストルはとにかく何でも知っていて、何でもできる男だった。戦争が始まるまでの短い期間だったが、何とか軍人として働けるまでに教育してくれた。  戦争が始まると、俺は中隊長に任命された。誰かの上に立つなんて初めての経験だったが、親父殿の大隊の下だと聞くと、なんとか頑張れる気がした。親父殿のためになら……  ああ、親父殿のことなんて考えてたら、身体がうずいてきちまった。  ここのところ親父殿と会えていないのはもちろん、前線で戦ってる以上街に遊びに行く余裕なんてない。だからといって、部隊の誰かに声をかけるなんてことは俺には無理だ。仕方なく自分で慰めるしかない。  部下には一休みすると告げておいて、自分のテントにこもる。荷物からディルドとローションを取り出し、服を脱ぐ。  まずは自分のケツ穴に指を少しだけ突っ込む。そのまま呪文を唱えて、中を少し綺麗にする。親父殿直伝の魔術だ。それから自分の指にローションを垂らして、ゆっくりとケツ穴に挿入する。自分の指だけでは大して気持ち良くないので、とっととほぐして広げる。  適当なところでディルドを手に取り、ローションを垂らして挿入する。大きさは親父殿のチンポよりやや小さめ。このぐらいは大した苦労もなく飲み込める。  奥まで挿入したところで、なんとか精神を集中して呪文を唱える。魔術が発動すると、ディルドが勝手に動き始めた。 「はあ。こんなのばかり上達していくなあ」  ディルドの動きは今まで俺が親父殿にされた責めを元に、自分でプログラムしたものだ。挿入された俺の動きに対してもきちんと反応するように動く。  動きだけではなく、念動までプログラムに組み込んであるので、ディルドは時に空中を動き回り、俺の身体を押さえつける。魔力消耗はやや激しく、今は中に仕込んだフォースバッテリー頼みなので長くはもたない。さっさと済ませよう。  膝を突いて座ると、それに合わせてディルドは下から突き上げるように動く。本物と比べさえしなければ気持ちいい。自分で乳首をひねり、ケツ穴を締める。そうやって意識して快感を求めれば、気持ち良くて勝手に声が漏れてくる。 「あはあ……親父殿ぉ……」  自分でプログラムしたものとはいえ、ディルドの動きは記憶の中にある親父殿の責めそのもの。親父殿とのセックスの記憶が鮮明に思い出される。  これでも気持ちいいのだが、記憶の中とは違ってケツの中のチンポは本物とは違う。それが少し物足りない。チンポにもローションを垂らし、自分で扱く。自動的に身体の奥をえぐるディルドの責めと共に俺はあっという間に上り詰める。 「ああ、駄目だ、出るっ!」  俺は自分の腹の上に大量のザーメンをぶちまけた。本当はもうちょっと我慢したかったが、溜まってたせいか早かった。  気持ち良かったが、余計に親父殿に会いたくなってしまった。そのままでいると、ディルドに仕込まれた念動で身体が軽く押さえつけられる。それはいつも親父殿とセックスした後に、抱き締めてもらったときの感覚だった。 「中隊長!」  その声で我に返る。慌てて魔術で身体をさっと綺麗にして、親父殿のお下がりの褌を締める。その上にズボンだけを身につけ、獣人形態になってからテントから出た。  声の主は慣れない俺のサポートをしてくれる部下、ヴィクター・ホワイトルークだ。戦場の経験はそれなりにあるようで、何かと助かっている。残念ながら男同士の性行為にはあまり興味がないようで、性処理には役立ってくれないが。 「前方に敵です。トイは三体。どうしましょうか?」  トイソルジャーは三体。一体につき一小隊をぶつければ足止めはできる。しかしこの中隊は規模が小さく、小隊は二つ。ならば残りの一機は…… 「サンダース隊、ヘンリー隊でそれぞれ一機ずつ対処させろ」 「了解。残りの一体は?」 「俺が足止めする」  さあ、今こそ親父殿の期待に応える時だ。 「いけますか?」 「やってみせるさ」  ヴィクターが命令を伝えると、すぐに敵の姿が見えてきた。歩兵とは別に、巨大な人型が三体。トイソルジャーだ。  二つの小隊がそれぞれ向かってくる巨体を迎え撃つ。高速で移動する獣人種や魔術士が相手にまとわりつき、術符をばらまいたりして足止めする。この中隊の役割はそこまででいい。  俺は中央の一体へ駆けつける。とりあえずは術符をばらまいて足を止めさせる。それ自体は大したダメージにならず、巨体は平然と殴りかかったり、砲弾を撃ったりしてくる。  相手は大きさの割に動きが速い。避けてばかりではこちらが消耗するばかりだ。しかし避けながら仕掛けられる攻撃なんてものは限られている。しかし大規模な魔術でも仕掛けないと通用しない。  帝国の魔術には集中力がいる。こんな風に相手の攻撃を避けながらの集中は難しい。それは相手もわかっているようで、こちらがまともに集中する隙など与えてくれない。  ならば、集中のいらない魔術を使えばいい。  動き回りながら、用意しておいた書類をポケットから取り出す。それを広げながら、叫んだ。 「読み上げ省略、契約名グラヴィティフィールド、履行!」  書類を巨体に貼り付けると、その動きが止まった。重力をいじられ、動けずに地面にめり込む。  帝国のものではなく、同盟国であるローマルクの契約魔術。契約文を読み上げてしまえば、集中しなくても勝手に発動してくれる。魔力は身体の中から勝手に持っていかれるので、普段から魔力を溜めておくか、フォースバッテリーを用意しておく必要があるが。。  そして決まった書式の契約書を用意すれば、内容の読み上げも省略できる。前準備は何かと面倒だし、融通を利かせにくいが、状況によってはかなり便利だ。  国や地域によって魔術の法則は異なる。普通は生まれたところの法則とだけつながっているので、その国の魔術しか使えない。しかし協会は他の国の魔術だって研究している。まさか協会出身の魔術士が帝国軍にいるなんて思わないだろうなあ。  他の小隊も足止めには成功している様子で、その間に飛龍に乗った龍騎兵が強力な魔術の準備をする。  厄介なトイソルジャーさえ無力化してしまえば、残りは何とかなる。だからこそ、まず足止めする俺の中隊は重要なポジションだ。  俺が足止めした巨体の足下に魔法陣が展開される。何をどうやったのか、巨体は部品ごとにバラバラになって地面に落ちる。後に残ったのはがらくたの山に埋もれた操縦者。  他の巨体も無力化されていく。今ので力を使い果たしたのか、三人の龍騎兵は後方へと退く。残りの歩兵は俺達だけで充分だ。 「すばらしいご活躍です、中隊長」  敵部隊を無力化し、シガーで一服中の俺の元に、疲れを見せないヴィクターが話しかけてくる。 「そうか? 目立ってたのはいつも通り龍騎兵だったが」 「いえいえ。それも一人で立ち向かった中隊長のご活躍があってこそ、ですよ」  そう言われると、そんな気もしてくる。そのうち親父殿に報告して、ほめてもらわねば。 「しかし相手がトイソルジャーまでのうちはいいが、噂の新兵器が来たらまずいよなあ」  確か、王国の新兵器が試験的に投入されるなんて噂が出てたんだ。今回向こうから戦争を仕掛けてきたのも、その兵器の実験がどうとかいう話だ。 「新兵器、意外と来ませんね。最近はついにその噂もあまり聞かなくなりましたが」 「ん、そうなのか?」 「そうなんですよ。そもそも噂では、もう投入されているはずなんです」  むむ。考えられるのは、噂が間違っていただけか、中止になったか。もしくは情報を制限した? もう使われた、なんてことは……あったらどこかから情報が来てるはずだ。 「そもそもその噂ってどこからの情報なんだろうな?」 「それが……陛下がどこからか手に入れた情報だとか。それすらも噂ですが」  噂ばかりだな。どの程度信憑性があるのやら。 「まあ、足りない情報だけで考えても仕方がない。いざとなったらどうするか考えよう」 「はい」  短くなったシガーの火を消し、携帯灰皿にねじ込む。 「ところで中隊長、こんなものが」  差し出されたのは折りたたまれた紙。広げてみると、それは新聞の号外だった。 「アシュレム……か」  内容は、久しぶりに公の場に顔を出したアシュレム殿下が、帝都で演説をしたとか。そこに掲載されている写真には、見覚えのある顔があった。記憶の中の姿と変わっているのは、髪と眼の色だけだ。  号外は演説の内容にも触れていて、読んだ限りではいつ帝位を継いでもおかしくないように思える。俺があの代わりになるなんて、どう考えても無理な話だ。もし協会の思惑通り俺が一族に潜り込んだところで、俺みたいなのが帝位を継ぐ可能性なんてあるわけがない。  しかし親父殿はどうしたんだろう。いつもは前線と帝都を行き来している親父殿がよく演説をしているはずだが、アシュレムがその代理で、なんて書いてある。  これは一度帝都に戻ってみるか。親父殿のことが心配だと、まともに戦える気がしない。新兵器のことも、相談してみてもいいかも知れない。 「ヴィクター、部隊を任せてもいいか?」 「ええ、どうぞ。いざとなればなんとか対処はしますが、なるべく早めに戻ってきていただけると助かります」  今から急げば今日中に帝都に着けるか? どこかで飛龍を借りるか。 「よし、じゃあ任せたぞ」  俺は疲れた身体を引きずって、帝都へと向かった……